空気とガラスと反射防止コーティング
上の写真は、複数のフィルターを積み重ねて印刷物に置き、文字の可読性を確認している様子です。左は素通しの光学ガラス、右は反射防止コーティングが施されています。一般的な光学ガラスは表面で約4%の反射が発生し、両面で8%の光量ロスが生じます。たとえば5群6枚で構成されているレンズでは、ガラスと空気の境界は10面となり、各面での透過率が96%であれば10面を通過した光は66.5%に減衰。実に1/3以上の光がガラスの表面で反射してしまうのです。本来ならばフィルムや撮像素子に結像されるべき光は、レンズ鏡筒の中で反射を繰り返し、結像性能に悪影響を与えるフレアあるいはゴーストという現象を引き起こしてしまいます。これを抑止する目的を果たすのが反射防止コーティングです。
反射防止コーティングは、ガラスの表面にMgF2(フッ化マグネシウム)などの透明な薄膜(はくまく)を形成させることでガラス表面での反射率を抑制しています。ガラスよりも屈折率の低い薄膜を重ねて、その厚さを調整すると一定の波長の光の反射を抑えることができるのです。写真を構成する可視光線すなわち実際の光はひとつの波長だけではないので、さまざまな波長の反射を打ち消すには、屈折率や厚さの異なる薄膜を何層も組み合わせて巧みに重ねる必要があります。こうして赤〜紫まで広い範囲での波長の光の反射を低減することを目的とした加工技術がマルチコートです。
私たちが製造しているハイエンド交換レンズの表情にそれぞれの個性が見出せるのは、使用される光学ガラスの屈折率やレンズの構成などに応じて最適化された何層ものコーティングが施されているからです。薄膜の厚みは、光の波長の1/4とすることが反射防止コーティングの基本的なメソッドですが、この“光の干渉”をコントロールする物質はMgF2(フッ化マグネシウム)だけでなく、Al2O3(アルミナ)やZrO2(ジルコニア)など数多くの種類があります。その組み合わせと重ねる順序を熟慮し、膜厚をナノオーダーでコントロールすることこそ、最高の光学性能を導きだす重要なポイントなのです。